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ラベル 刑務所、宮崎刑務所、宮崎拘置所、延岡拘置所、逮捕、公訴、弁護士、 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2025年7月8日火曜日

刑務所生活 病棟編

 刑が確定になり 私は大分刑務所に移送されました



刑務所に入ると まず こうさ訓練を2週間させられます

この こうさ訓練が一番の地獄で とても厳しいです

ですが 私は足が悪く 他の受刑者と行進が出来なかったため

刑務所内にある病棟に移されました

あの 厳しい こうさ訓練を受けずに済んだのでラッキーでした


部屋は一人部屋の独居でした



鉄格子から廊下をみると 沢山の受刑者がいることが分かりました

病棟なので病気を持ってる人 身体が不自由な人と色んな人がいました


部屋でボ〜ッとしてたら ドアが開き 作業するようにと

早速 作業をする事になりました


私の作業は あの屋台でイカ焼きがあるでしょ

そのイカ焼きを入れる袋を作る作業でした

地味な作業でしたが 私 手先が器用なので すぐ慣れましたね


2週間経った頃 部屋を出され 会議室の横の椅子に座らせられました

30分ぐらい経ったら 呼び出されましてね

会議室に入ると 刑務所のお偉いさん達が10人ほどいましてね


罪名と名前を聞かれたので答えて なぜ足が悪いんだ と聞いて来たので

脳梗塞の後遺症です と答えると

そのまま 病棟にいるように と言われました


で部屋に戻ると材料を持って奥の部屋に行くように言われました

そこは雑居房(六人部屋)を作業部屋にして 他の受刑者と作業が

出来る様になりました


少しでも話し相手がいると嬉しいもんですよね

二人いましたが 二人とも70代後半の おじいちゃんで

二人とも無期で もう20年以上 刑務所にいると教えてくれました


私の隣の席の おじいちゃんに何をしたの?と聞いたら 人を○して埋めて

後日 掘り起こして死体をバラバラにしたとの事

そりゃ 無期になるわな・・・


もう一人の おじいちゃんは罪名を絶対に教えてくれませんでした

無期だから 人様を○したのでは?と思いましたがね

もう生きて刑務所から出られない と その言葉を聞いたら

胸が苦しくなりました


二人とも風呂は介護が必要で他の受刑者が風呂に入れてましたね

私は 今回 刑務所にいる期間が一年ほどだったけど

住めば都 慣れたら刑務所生活も楽しいもんです


今は刑務所のルールが変わり先生達は受刑者に さん 付けを

しなくなり イチ ニー イチ ニーの行進もしなくて良くなりましたね


刑務所は懲らしめる所から変わったみたいですね


私は遠洋漁業マグロ船に10年以上 乗り

先輩達に虐められて来たので

刑務所生活は私には いい所だったと思いました

あと2年ぐらいは刑務所に入っても良いかな?と思ったりしましたが

やっぱり自由なシャバが一番ですね


食べるのに苦労するようになったら刑務所に行こうなんて

思ったりしています


病棟なので色んな人達がいました

○○をくださ〜い と大声を出す奴に

作業もせず 一日中 ボ〜ッとしてる奴 運動中

先生が運動場を走るな と何回 注意しても走り続ける奴


運動場で仲良くなった オレオレ詐欺をやっていた子

フィリピンで生活をして受け子達に指示を出していた と言ってました

日本に帰ってきて 数年後に捕まったみたい

日本の警察も馬鹿ではないので悪さをしたら

必ず逮捕しに来ますよ


悪いことなんかせず 真っ当に生きましょう

刑務所生活が待ってますよ

2025年2月6日木曜日

刑務所生活 身元引き受け人

執行猶予中だった私


刑務所に行きたく無かったので地元の警察署に自首しに行ったのですが


担当してくれた刑事

人の話を聞こうともせず 後日 笑顔でガサ状を持って

私を捕まえにきました


それ以来 刑事は信用しなくなりました


皆さんも気をつけて下さいね

取り調べで刑事は調書を作成しますが

自分の都合よく調書を作成します


出来た調書を読み上げ 間違いがなければ指印を押すのですが

私は その調書を何回も破り捨てましたね


私の罪名は違法薬物の譲り受けで簡単に言えば

薬物を譲り受けたって事


地元で一番何もしない国選弁護士が面会に来て

「宮崎ダルクに身元引き受け人になってもらったら?そしたら 裁判官に良い印象を与えるかもしれないから」と珍しく 良いアドバイスをしてくれましたね


今度 ダルクの名刺を差し入れるから手紙を出したら?と言ってくれたのですが

差し入れしてくれたのが 3週間ぐらい経った頃

しかも名刺ではなく ダルクのHPをコピーした用紙1枚だけ

本当に動かない 何もしないバカ弁護士だわ とつくづく思いましたよ


早速 宮崎ダルクに手紙を出しましてね

わざわざ市内から面会に来てくれましたよ


裁判の時に法廷に立って裁判官と話をすると言ってくれ

上手くいけば刑務所に行かなくて済むぞ と少し希望が見えましたよ



で これが悪夢の始まりでした


数日後 裁判が始まり まず名前など裁判官に聞かれます

その後 ダルクの代表が法廷に立ち検察の質問が始まりました


検察がダルクの代表に質問するのですが

ダルクの代表 意味不明な返答をするのよ

これには検察官に裁判官 私も目を合わせて 戸惑ったのは

今では良い思い出


「はぁ?日本語 通じないのかよ?明らかにバカじゃん」と

思いました


ダルクの代表 長年 覚醒剤やコカインをやってたみたいで

薬物を止めてダルクの代表になったみたいですが

明らかに薬物の後遺症で日本語が通じない 意味も理解できないみたい


そんな奴が よく代表が出来るもんだ と思いましたよ


宮崎ダルクの代表がこんな調子だから

私 心の中で「はい 刑務所行き決定でござる」と

覚悟を決めました


何のために法廷に立ったんだよ と本当に呆れましたね

検察官も質問を理解してくれなくて困っていたのが

おもろかったです


で 色々あって 刑務所に行き 出所して身元引き受け人の

宮崎ダルクにお世話になることになったのですが


まぁ〜 酷い生活の始りでした


つづく

2025年1月12日日曜日

刑務所生活 イジメ編

 刑務所ではイジメが日常茶飯事で起きてます



雑居(大部屋)に入ると そこには

その部屋に長く住んでいる人が部屋長と呼ばれ

管理しています

その部屋長に媚を売り腰巾着も必ずいます


どの部屋も同じですが 部屋を綺麗にするのが

当たり前なんですが 基本 トイレは素手で洗います

私もやってましたが その方が綺麗になりますよ


それを嫌がったり先輩達に口答えしたりすると

イジメの対象になりますね

刑務所のイジメは とても陰湿なのでみんなから

嫌われたら部屋を出て行かせるため 一人で暴れさせたりします

そうしたら懲罰で引っ張られていなくなりますからね


あと刑務所でやってはいけないこと

それは罪名を偽ることね

「俺は高級車ばかり狙った窃盗団に入っていた」と言ってた奴がいましたが

起訴状を見ると ただの万引きだった とかね

(起訴状は必ず渡されるので バックに入れている)

噂は すぐ広まるので皆んなから無視されますね


あと 罪名を絶対に言わない奴

私がいた時はみんなから無視されてました


あと 大きい事を言う奴

俺は普段 何々の職についていた だから給料はいくらあっただの

俺は何々組の知り合いだ だの

車は何を乗っていた だの自慢みたいな話は

みんな嫌ってました


私が移送待ちで宮崎刑務所の雑居にいた時

部屋長が24歳の兄ちゃんで こいつが何もしなかったなぁ〜

そのにいちゃんに媚を売っていたのが43歳のおっさん

見てて情けなかったですね

そいつ 車の整備士をやっていたと言ってましたが

ケンメリが欲しくなり 銅線泥棒を2回して刑務所行きになったそうです



実家に住んでて何年も整備士をしてたらケンメリぐらい買えるだろうよ

しかも旧車は私も130Zに乗っていた時がありましたが

あんな車に乗るもんじゃないですよ

エアコン無し パワステ無し ソレックス(キャブ)にいて

タコ足 マフラーを交換しても 音はいいですが 非常に遅い

ちょっとコンビニに行くって言う車ではなかったですね



こいつも部屋長にイジメられてましたねw


大分刑務所に行った時 同じ仕事部屋だった

無期懲役のおじいちゃん 5年もイジメにあっていたそうです

刑務所では誰も助けてくれませんからね


あとピンク事件を起こした奴は必ず標的にされます

(強姦 盗撮など性的事件を起こした奴)


私が部屋長になった時はイジメが嫌いなんでね

みんな仲良くさせてましたよ

これは自慢かな?


何回も言うわけではありませんが

刑務所には行くところではありません


皆んな 真面目に行きましょう


ちなみに私は前科3犯ですが

今では足を洗い 真面目に生きようとしています


うん 頑張ろうっと


2025年1月11日土曜日

刑務所生活 出所編

 「あけぼの寮」に移り 厳しい規則もなくなり

周りの受刑者と先生の許可を得ず話せることが良かった

もう 皆んなもウキウキ気分なのが手に取るように分かる



普通の生活の授業を受けたり ビデオを見たり

それが終わると自由時間

お風呂も好きな時間だけ入れるのも良かった

(入浴時間は15分と決まっている)


あっと言う間に2週間がたち 朝 先生が来て

「荷物をまとめろ」と言われた

やっと出所だ!!コンビニに行ってタバコを購入してやるで

頭が一杯だった


職員室みたいな部屋に入り 持って来た荷物の検査と

お金の検査 1円でも間違ってないか調べる

あとは給料ね 作業報奨金を計算され渡される

私は3千円くらいだった


15年いた人の見てたら30万ぐらいあったので

すげぇ〜と思った


荷物を持って お偉いさんの部屋に行く

綺麗に整列してたらお偉いさん登場

紙を渡され もう二度と悪い事はしません 二度と刑務所には

来ません みたいな事を言わされた


それが終わり外に出て高い塀の大きなドアが開き

シャバに出た

久しぶりに見るシャバの風景 

通行人を見てキョロキョロしても

先生に怒られない


お〜〜 やっと自由だよ〜!!


と言っても仮釈の身分 まだ受刑者の身分でもある

皆んな身元引き受け人(家族とか)が迎えに来て

それぞれ帰って行くが・・・

私の身元引き受け人が来ない


皆んないなくなり私 一人で受付に座っていた

出所してから3時間後にやっと身元引き受け人が迎えに来た

ふざけるんじゃねぇ〜と文句でも言おうと思ったら

若い女性の人だった

「ごめんなさいね」と言われたので何も言えなかった


車の助手席に座り先生に別れを告げ家路についた

家路についたと言っても私は身元引き受け人が準備した

所に行かないといけない


迎えに来た女性が「コンビニ 寄ります?」と言ってくれたので

「当たり前」と答えた

コンビニでタバコとコーヒーを購入して早速 口にした


久しぶりのニコチンとカフェイン

もう頭がクラクラしたね


と 私が体験した刑務所の話でした

まだ詳しく色々と書きたかったのだが私は文才もなく

中々 難しかったので簡単に書きました


私は若い頃 遠洋漁業マグロ船に10年以上 乗っていたので

刑務所生活は そこまで苦しくはありませんでした

逆に飯が旨かったので 楽しかった(?)かな?


先生が「次は福岡刑務所だからな」と言われたけど

福岡刑務所の飯は旨いと聞いたので もう一回ぐらいは

行ってもいいかな?と思ったりしてるが


やはり刑務所 行くところではないです

イジメはあるし それも陰湿なイジメね


次の話はイジメのことを書こうと思いますね



つづく


2025年1月8日水曜日

刑務所生活 給料編

 刑務所で作業をしていたら

もちろん給料も出ます



給料とは言わず作業報奨金と言い

かな〜り安いです


私が3類に上がって1ヶ月の報奨金は

確か360円でした

1ヶ月の給料が360円・・・

やってられませんよ


私はお金を数十万ほど持っていた為

物を買うのには困らなかったですね

石鹸 歯磨き粉 歯ブラシ 電動髭剃り タオルなど


刑務所で一番 必要な物と言えば やっぱり本

時間だけはあるので本ばかり読んでいました


拘置所で知り合った生身の女性には興味がないと

言っていた男前の若い兄ちゃんにラノベと言う小説を教えてもらい

「佐々木とピーちゃん」と言う本を購入して見て

それからラノベの小説にハマってしまった


本の注文は確か月に1回だけだったかな?

で 届くのが1ヶ月後なわけ

なので届くのが楽しみで楽しみで仕方がなかった

もちろん どんな本でも注文が出来るわけではない

実話ナックルズとか反社の記事などの本は注文は無理

注文が出来ても出所するまで預かり となってしまう


刑務所では本の貸し出しもある

あまり覚えていないが1週間に5冊は借りられる

題名だけで本を選ばないといけないので当たりハズレがあった

もちろん漫画もあったので

私は漫画を2冊と小説を3冊を借りていた


知らずに借りた本が たまたまエッチな本で

興奮したのを覚えてる

運動中に皆んなに「あの題名の本はえろ本だぞ」と

教えて 皆んな「マジで?今度 借りてみるよ」など

盛り上がったものだ


刑務所の中には受刑者同士の専門用語がある

ハト(伝言を頼む事)などね

あと3ピン 4ピン 5ピン と言う言葉があった

3ピンとは三分の一の意味で仮釈放が三分の一

言う事で一年なら4ヶ月 4ピンなら3ヶ月と意味だが

所詮 受刑者同士が妄想することなので あまり信用する必要は

なかった


「俺さん(自分)は初版なので3ピンじゃないかな?」と言っていた

奴がいたが 期待していたが 全然3ピンではなかった


梅雨も明け 本格的な夏がやってきた

房には扇風機はなかったが 廊下にエアコンがあり

業務用の扇風機が何台も回っているので隙間から

冷風が入ってきて そこまで暑い思いをせずに済んだ


仮釈も忘れ もう満期で出る気マンマンになっていた私

ある朝 朝食を食べ終え 仕事部屋に行く準備をしていたら

先生から「移動するから片付けろ」と言われ

まさか仮釈?とドキドキしてたら

まさかの仮釈だった


仮釈が決まったら 大分刑務所は「あけぼの寮」に移り

2週間 シャバに出てから真面目に生活する事を勉強させられるところで

そこに移された


もうウキウキで自然と笑顔が出てきた

計算したら仮釈は1ヶ月しかもらえなかったので

満期でも良かったじゃんと思った


他にも数人 仮釈であけぼの寮に来た人がいたので

皆んな何年 刑務所にいたの?と聞いて回ったよ

一番 長かった人は15年で「良かったね」と言っても

「実感がわかないよ」と言っていた


面白い人もいて ある知人に拳銃5丁とタマを預かってくれと言われ

預かっていたら捕まった と言う人もいた

それで実刑2年もなかったはず 安く済んで良かったじゃんと言ったら

「良かったよ〜」と言っていたが 今は何をしているやら


つづく

2025年1月5日日曜日

刑務所生活 大分刑務所編

 大分刑務所は町のど真ん中にある

窓からは外の風景が見られないように

薄い白色のプラ板見たいので封鎖されているからだ



外の風景を見るには運動に出るときにしか見られない

2階の渡り廊下で町の風景が見られ

近くにパチンコ店があるので

みんな「行きてぇ〜なぁ〜」と言っていた


大分刑務所は宮崎刑務所より 本当に良かった

まず布団が宮崎刑務所の2倍はあり 最初 見た時

羽毛布団?と思ったぐらいだ

お蔭様で夜は寒い思いをしないですんだ


あと先生達(看守)のイジメなどなく みんな優しかった

担当の先生は厳しいが愛のある厳しさがあった

関西出身の先生は運動中 いつも冗談を言って

笑わかしてくれていた


この前も書いたが飯がマジで旨かった



最初に刑務所に入ると1類 2類 3類など位があり

5類からスタートで3ヶ月 無事故無違反でいると3類に上がる

3類になると月に一度 お菓子とジュースを注文が出来るようになる

刑務所では甘さに飢えているので 非常にありがたかった

コアラのマーチを頼んだとき コアラのマーチって

こんなに旨かったか?とビックリしたもんだ


私は身元引き受け人がいたので その人と手紙のやり取りをするのが

楽しみだったが・・・

その人が「本の差し入れをするから どんな本がいい?」と

手紙を送って来てくれたので

「週刊誌と面白い小説をお願いします」と返信したが

次の手紙では「私も忙しいので わがままを言わないで下さい」など

意味不明の内容の手紙が届いたので

うん 出所したら こいつを殴ろうと決めていたが

出所した時に聞いたのですが そいつ覚醒剤を打ってて

私が刑務所に入っているときに捕まったと聞きました

だから意味不な手紙が届いたのね

そんな奴を身元引き受け人の担当にするなよ・・・と思った


刑務所での月日が経つのは本当に早い

あっという間に季節も梅雨に入った

雨の日は運動がないので 非常につまらなかった

そんな中 私がいる仕事部屋に新しい人が入って来た


年齢は40歳 罪名は窃盗 泥棒さんね

拘置所で安定剤とうつ病の薬を飲んだら記憶がなくなり

気がついたら刑務所にきていた と訳のわからん事を言っていた

仕事もやる気も出さず いつもボ〜ッとしてて

温和な私も我慢が出来ずに注意したもんだ


こいつの口癖は「いつ出所ですか?」と いつも聞いてきた

私は今年の9月ぐらいじゃないかな?と答えると

いいなぁ〜いいなぁ〜と子供みたいに言ってきて

それ以上に刑務所にいるわ!!と怒った事があった


そんな奴だから医務にきたわけね と実感していた



つづく

2025年1月2日木曜日

刑務所 移送編

 1月の月末の朝 看守から「移送するから荷物をまとめろ」と

言われた


やっと移送かよ と思いつつ 同じ部屋の連中に

別れを告げ部屋を出た


一階の独居に入れられ 明日の朝 出発との事

行く刑務所もまだ教えられていない


どこの刑務所に行くのだろうっとウキウキしていたのを思い出した


次の日の朝 朝食を終え 部屋を出た


取調室に入り 荷物の検査をして 久しぶりに私服を着て

刑務所のバスに乗り込んだ

他にも2名いたけど私語は禁止されていた


だが仲良くなっていた実刑5年の若い子がヒソヒソと

話しかけてくる

その子が「大分らしいですよ 看守に聞いたから」と

教えてくれた



バスに乗って出発 高速に乗り 約2時間と少しで

大分刑務所に着いた


大分刑務所は町のど真ん中にあり 大きく立派な建物だった

調べ室に入り 名前と荷物確認

医務室で体の検査をして まず初心者が入る房に行くことになった


まず刑務所に入ったら2週間 考査訓練を受けないといけない

これが刑務所では一番 キツいと言われている


行進の仕方 布団の畳み方 歩き方など刑務所での生活をする

訓練を叩き込まれる訳

ちょっとでもヘマをすると「何やってんだ〜〜〜!!」と怒鳴られる


私は右足が悪いため 行進が出来ず 考査訓練は無理だと

判断されたみたいで 1日で考査訓練は終了

それから医務房(名前 忘れた)に車椅子で運ばれた


独居に入れられ その日から作業を始めることになった

私の作業と言えば 屋台でイカ焼きを売ってるでしょ?

それを入れる茶色の袋を作る作業


まずは型紙にそって折っていき ある程度 折ったら糊付け作業

一日 400枚 作ってました


2週間が経ち 看守に呼ばれ会議室に呼ばれた

10人ぐらいの お偉いさん達の前で罪名など言わされ

どこの工場に行くのか決められたのだが

私は医務で今の仕事を続けるように言われた


それから医務に戻り 紙おりの道具一式を持って大部屋に

連れて行かれた


ここは医務で作業をしている人だれけの部屋で

私の他に おじいちゃんが2人 いました

この おじいちゃん2人は無期で もう20年以上も刑務所にいると

聞かされた


数日後 2人のおじいちゃんと仲良くなり 二人とも刑務所で

私と同じく脳梗塞で倒れ半身麻痺になったと言うので

私は何かとお手伝いをしてやっていた


古い人達は看守の事を「オヤジ」と呼んでいたが

時代も時代なのでオヤジと呼ばずに先生と呼べと言い聞かされた

なので私は看守の事を先生と呼んでいました



平日 気温が何度以内で天気の日には30分の運動がある

朝 先生が「運動に出るか?」と聞いてくるので

「出ます」と答え 運動に出ていた

外の風景を見るには運動に出るしか見れないので

気分転換でいつも運動のある日は出ていましたね


運動場に出ると同じ受刑者が10人ほどいた

25歳の時に捕まったと言う45歳の関西人 無期だと言っていたので

罪名が殺人だと すぐわかった

関西人なので いつも人を笑わかせていましたね


他に仲良くなった特殊詐欺をして捕まったと言う45歳の

お兄さん

5年の実刑を受け「出るときは50歳だよ」と明るく言っていましたね


他にも 元893 と言う人 この人が非常にウザかった

出所しても行くあてがないみたいで

出たら一緒に住もうなどと いつも行ってきてたので

ウザいので最後は無視してました


大分刑務所の飯は 宮崎刑務所に比べて旨いこと旨いこと

運動中 特殊詐欺の兄ちゃんに話したら

その子 鹿児島刑務所から来たみたいで

鹿児島刑務所の方がもっと旨いですよ 

月に一度 カップラーメンの日があるし

など言って来て マジで?

鹿児島刑務所に行きてぇ〜と思いましたね


他の刑務所を経験している人は府中の刑務所がナンバー1だよ

パンとか そこで作っているからね と聞かされた


週に一度 金曜日に強制指導日と言うのがあり

ビデオを見せられ感想文を書かないといけない日がある

その日の昼食はパンなのだが 甘シャリ 

いわゆる ぜんざいが出る日ね



これが楽しみで楽しみで仕方がなかった


刑務所では甘さに飢えてますからね


宮崎刑務所の甘シャリは最悪で片栗粉で薄めていたので

不味かったですよ

他にも宮崎刑務所では毎日 人参料理が出ていた

宮崎刑務所では人参が安く手に入れやすかったのであろうと

思ったぐらいだった


つづく

2024年12月30日月曜日

刑務所 正月編

 刑務所にもお正月はあります



宮崎刑務所で移送待ちでいた時に正月を迎えました


晩飯にお雑煮(餅では無く白玉団子が2つ入ってる物)

刑務所では豪華なおせち料理が出ると聞いていたので

期待していたのですが


唐揚げが2つ 黒豆など入っていた弁当ね

あと三日分のお菓子 アルフォートやポテチとポッキーだったかな?


歯の無いストーカーのおじいちゃんが1日で食べてしまって

みんなにお菓子を物乞いしていたのがウザかったです


正月は作業が無いので飯を食べたら自由にしてて良かったのですが

何しろ宮崎刑務所は極寒で寒くて仕方がなかったので

メリヤス(モモヒキ)を着て布団をひいて寝てて良かったので

少しでも温もろうと布団に入ってました

布団に入っても温もるまで2〜3時間かかりましたよ(汗)


1月1日の元旦 入浴日で一番風呂だったので嬉しかったですね

なんとお風呂には入浴剤が入ってて少しシャバを思い出しました


でも宮崎刑務所は極寒なので風呂で温もっても1時間もすれば

体も冷え震えないといけない

風邪を引いても 宮崎刑務所は願箋と言う書類を

出して薬を処方して下さいって

提出しないといけない

それが数日もかかるので それまで

我慢しないといけない


宮崎刑務所はケチで有名で薬を出そうとも

しないで有名ね


私は右足が悪いので願箋を何度も出して

痛み止めの薬を・・・と提出しても

訳のわからん 塗り薬が出るだけ

飲み薬もっと訴えても「おまえ 舐めるなよ」と

看守から睨まれてましたね

これが宮崎刑務所ね


お陰様で私が居た雑居は若い子だらけで

楽しかったのが いい思い出


一人 変態がいましたが・・・

毎晩 寝る前になると五目並べに使う碁盤を持って

エロ本も持ち トイレで頑張っていました


私もエロ本を購入していたのですが

一回も使っていない処女の本だったのですが


その変態が勝手に私のエロ本をトイレに持っていき

頑張ったので私の本は犯されましたね


そいつは勤め先の金を盗んで

またまた勤め先の金に手を出し

実刑を受けたみたいでしたが 最後まで詳しく

自分の事は語らなかったですね


移送待ちの部屋にはテレビが無かったのでテレビは見られませんでした

受刑者になったのだからテレビを見せろと言いたかったです


つづく

2024年12月24日火曜日

宮崎刑務所 拘置所編2

 宮崎刑務所の看守達は未決(刑が確定していない人)や受刑者に対して

陰湿でイジメが酷いで有名




ついでに口の聞き方が 常に上から目線


どんな感じかと言うと学生の時 イジメられていた奴が看守になり

俺達を いちゃもんを付けて来ていじめてくるわけ


これが非常に面倒臭い


宮崎刑務所は あと4年で無くなると言ってますが

宮崎刑務所に勤めている看守達は他の刑務所に移動になると思いますが

務まらないと私は思いますね



で 私は公訴して新しい弁護士がついたのですが

新しい弁護士に「よろしくお願いします」と筋を通して手紙を出したのですが

これが また面会や手紙すら来ない

国選弁護士は国から だいたい20万の手当が出ると聞きましたが

20万分 働けよ と言いたいもんです


で 面会に来たのが8月の末 「いい加減にしろや〜〜〜」と怒鳴って

面会拒否しましたよw


弁護士会に「弁護士を変えてくれ」と手紙を出しましたが

返事は「無理」の一言

仕方がないので その弁護士でお願いしました


私の経緯を話したところ 弁護士は「私が最初からついていたら執行猶予に

なっていたかもね」と言ってくれました


が いざ 裁判が始まると やはり「実刑」と言われました

裁判官もやる気なし またもやハズレの裁判官を引いたわけ


上告してやる 上告の手続きを取ったのですが

(上告とは公訴の上の裁判ね)

弁護士から「前の執行猶予が切れてるよ」と手紙が届きました


と なると今回の1年5ヶ月の実刑だけになるわけ


もう刑務所に行ってもいいや となり上告を取り消し

刑が確定になり 見事 受刑者になりました


受刑者になると今までいた拘置所の雑居を出て ある部屋で検査され

服を緑色の受刑者の服に着替え 受刑者の部屋に移動になりました


この部屋は移送待ちで どこの刑務所に移送されるまで待機する部屋ね


でも する事は普通の受刑者と同じで朝食を終えたら作業をしないと

いけません


私は弁当を入れる袋を作っていましたね


季節はもう冬




宮崎刑務所の冬は これが酷いぐらい寒い

メリヤスと言うステテコを支給されるのですが

それでも寒く 手足が寒さで痺れて来てました

ついでに宮崎刑務所の布団は煎餅布団で薄いって言うもんじゃなく

薄すぎて寒さで夜 練れませんでした


宮崎刑務所でもクリスマスはあります

クリスマスの日 夜ご飯の時 ケーキが出ましたが

これが 一口サイズの小さいケーキ


クリスマスが終われば 今度は正月が来ますが

正月休みもあります いつからかは忘れましたが年末から三が日まで

作業は休み 飯を食べたら布団をひいて寝てよし とのことでしたので

私はあまりにも寒さのため 正月休みは ず〜っと布団に入ってぬくもっていました


あと正月には お菓子が出ます 考えて食べないとすぐ無くなるぐらいの量ね

バカなおっさんは1日で食べてしまってましたねw


つづく

2024年12月21日土曜日

刑務所生活 拘置所編

 宮崎刑務所内にある拘置所に移送され

3人部屋の雑居に入ったのですが





自称 元会社経営者と言うデブが煩い



宮崎北警察署の留置所にいたが出てくる飯が不味く

いつも自弁(自分の金で注文すること)を食べていて

金が無くなったよ と聞いてもいないのに

金が無いアピールをしてくるわけ


留置所と拘置所は週に1回 雑貨(石鹸 ノート ボールペンなど)に

お菓子も注文が出来るわけね


注文して届くのは一週間後になるんだけど

私はボールペンにシャーペンに消しゴムにノート

それに お菓子の飴に なんと大好物の黒糖饅頭が注文が

出来たので もちろん注文したんだけど


その元経営者が「俺の分まで注文してくれたの?」とバカなことを

言ってくるし もう無視してましたね


こんな事があるので もし捕まるなら最低10万は

持っていた方が惨めな目には会いませんよ



21時に消灯 音楽が流れ 皆さま お休みなさいませ と

放送が流れてきます



その時は夏の7月 部屋には扇風機が付いているんだけど

それでも暑い

通路にはエアコンが完備されているんだけど

隙間から入ってくる冷風でなんとか寝ることが出来ました

(昔は扇風機などなかったが熱中症対策で装備されるようになったとのこと)


拘置所の夜は静かなものです

ウトウトしてたら ガサガサと煩い 何事だ?と見て見たら

その自称元経営者のデブがストーカーのおじさんの棚から飴玉を盗んで

食べてました


バカだ と呆れて眠りについたのですが

次の日の朝 起床して歯を磨いていたら夜勤の看守が

自称の元経営者を怒鳴っているわけ


何をしたんだ?と思いつつ歯を磨いていたら

自称のデブが「拾って食べました」など言っているわけ


ははぁ〜ん なるほど 昨日の夜 盗んだ飴を食べていたのを

見られていたのね しかも言い訳が拾って食べたってw

やはりバカじゃん と笑顔が止まりませんでした


点呼を終え 朝食を食べていたら そのデブが

話を合わせてくれ など言ってきましてね

はいはい と言ったものの合わせるわけがない


朝食を終え その後 看守が5人ほど来て

みんな 取調室に連れて行かれましたよ


取調室にいたら看守が入って来て「飴をやったか?」など

聞いて来ました

拘置所や刑務所では物のやり取りは禁止になってますのでね

いや やってませんよ おじさんの棚から盗んで食べてましたよ と

思いっきりチンコロしてやりました


それで自称のデブは独居に移動になり懲罰を受けることになりました

懲罰とは一人部屋の独居で朝の9時から夕方の17時まで

ドアに向かってあぐらで座らないといけません

罪に重さで懲罰の日にちが決まります


私もヘマをしましてね 懲罰15日間 受けた経験がありますw


その自称のデブがいなくなり ストーカーのおじさんも移動になり

私がいる雑居に新しい人が2人 入って来ました


一人は16歳で覚醒剤を覚え

それから刑務所にいるのが人生で もっとも長いと言う常連さん

日本中の刑務所には ほとんど行って来たと言ってました


もう一人は奥さんを刺し殺したと言う年配の方


うん・・・色んな人がいるわ と つくづく思いましたね



天気が良い日は朝 運動があります

運動っと言っても運動場に出て爪を切ったり 他の雑居にいる人と

話をしたりするぐらいね


みんな 何をしたの?って聞いてくるので 

やはり みんな気にあるんだって思いましたよ


運動の時間は30分しかないので看守の号令で一列に並んで

雑居に戻っていきます



入浴は夏は週に2回 冬は3回あるので

入浴日は風呂の準備をして順番を待たないといけません

入浴時間は15分 看守の「入浴開始」の号令で入浴が始まります


自弁(自分の金で購入したもの)で購入した石鹸は

泡立ちも良く 金がなく石鹸など買えない人には官物が支給されるのですが

その石鹸の悪いこと悪いこと

官物 使ってるの?とそれだけでもバカにもされます


同じ部屋になった奥さん殺しの年配の方は

あれは事故なんだよ 刑が軽くならないかな?といつも言ってましたが

決めるのは裁判官なのでね 

流れを聞いたのですが 事故ではないじゃん と私は心の中で

思いました

まっ10年は言われるんじゃないかな?と私は思ってました


つづく


2024年12月19日木曜日

刑務所に行って来ました

 私は執行猶予中の身でした


執行猶予中に捕まると前の裁判で言われた実刑と

今回 事件の実刑にプラスされ刑務所に入らないといけません



例えば 前の裁判で実刑1年 執行猶予2年って

言われてたとすると

執行猶予中の2年の間に捕まると 

今回 事件を起こし裁判で実刑2年と言われたら

前の実刑1年をプラスして

合計3年 刑務所に入らないといけなくなるわけ



なので 私は大人しく生活していたのですがね

ボンクラ刑事に裏切られ 見事 捕まりました


悪名高い延岡警察署



留置所に2ヶ月 地元の拘置所に2ヶ月ぐらいいました

拘置所に移送された時 以前 仲良くさせて貰った看守がいて

「また来たのか?」と言われたのにはガッカリしました



その看守に事情を説明した所 その看守は

「実刑にはならんやろ ダブル執行猶予だろ」と言われ

少し安心したのですが


いざ裁判が始まり 裁判官に言われたのが実刑1年5ヶ月

前のが1年半だから 約3年も刑務所に?


ふざけるな!!こっちは自首と相談しに

警察署に何度も行ったんだぞ!!



ボンクラ刑事が相手にぜず のちに自分の手柄にするために俺を捕まえたじゃん

それに看守 ダブル執行猶予で出られるって言ったじゃん

無責任な事をいうんじゃね〜よ



もちろん この判決には納得が出来なくて 公訴しました

公訴とは裁判の判決に納得が出来なかったら

簡単に説明すると 納得が出来ないので

裁判 やり直してね ってことね



ちなみにね 私に付いた国選弁護士は 

これが 何もしない 何もやらない 動かない で

地元で有名な弁護士が付いたわけ


あ〜・・・終わったわ・・・と諦めたもん


地元の弁護士で まともな弁護士って言ったら一人もいないんじゃないかな?

しかも よりによって一番 ダメ弁護士がつくとはね・・・



ダメもとで事情を弁護士に話したんですが

裁判官にいい印象を与えないのでこのまま裁判を進めましょう と

意味がわからんことを言い出すわけ


俺は何度も自首と相談しに警察署に行ったんだ

そんな俺を後日 捕まえに来たのは間違ってるよね?

と言っても聞く耳 持たず


刑事も弁護士も裁判官も駄目!!

それなら公訴するしかないじゃんって思って

公訴したわけね



公訴してから数日後 宮崎刑務所内にある宮崎拘置所に私は移送されました



宮崎刑務所に着くと 名前 忘れましたが

ある部屋に連れて行かされ荷物と

体の隅々まで調べられます



それが終わったら やっと部屋に案内されます

雑居(3〜6人部屋)か独居(一人部屋)になるのか

これは担当の看守が決めるのですが

私は3人部屋の雑居に入ることになりました


雑居は当たりハズレがあるのよ

いい人だらけなら当たり 変な奴ばかりならハズレね



その部屋にいた奴が

アル中でコンビニでワンカップを一つ盗み 捕まって初犯だったので

執行猶予で出られたのに

酒が飲みたくなって またワンカップを盗み またまた捕まって

判決待ちの嘘しか言わない奴


見事にハズレを引きました

あと一人はストーカーで捕まった年配のおじさん


このストーカーの年配のおじいさん

刑務所を出所して1ヶ月もしないうちに

また以前の彼女にストーカーして訴えられ捕まったみたい



刑務所に帰って来るのが早いわ と突っ込みましたが・・・



つづく

マルチの勧誘

  私の地元は宮崎県の延岡市と言う所で 人口が2026年3月1日調べで 108734人しかいない 周りを山で囲まれた小さな田舎町です 旭化成しか無い町だとも言われてます 娯楽と言えばパチンコか釣り 車のドレスアップしかありません これは週刊誌にも取り上げれてました 延岡は陸の孤島...