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2025年1月5日日曜日

刑務所生活 大分刑務所編

 大分刑務所は町のど真ん中にある

窓からは外の風景が見られないように

薄い白色のプラ板見たいので封鎖されているからだ



外の風景を見るには運動に出るときにしか見られない

2階の渡り廊下で町の風景が見られ

近くにパチンコ店があるので

みんな「行きてぇ〜なぁ〜」と言っていた


大分刑務所は宮崎刑務所より 本当に良かった

まず布団が宮崎刑務所の2倍はあり 最初 見た時

羽毛布団?と思ったぐらいだ

お蔭様で夜は寒い思いをしないですんだ


あと先生達(看守)のイジメなどなく みんな優しかった

担当の先生は厳しいが愛のある厳しさがあった

関西出身の先生は運動中 いつも冗談を言って

笑わかしてくれていた


この前も書いたが飯がマジで旨かった



最初に刑務所に入ると1類 2類 3類など位があり

5類からスタートで3ヶ月 無事故無違反でいると3類に上がる

3類になると月に一度 お菓子とジュースを注文が出来るようになる

刑務所では甘さに飢えているので 非常にありがたかった

コアラのマーチを頼んだとき コアラのマーチって

こんなに旨かったか?とビックリしたもんだ


私は身元引き受け人がいたので その人と手紙のやり取りをするのが

楽しみだったが・・・

その人が「本の差し入れをするから どんな本がいい?」と

手紙を送って来てくれたので

「週刊誌と面白い小説をお願いします」と返信したが

次の手紙では「私も忙しいので わがままを言わないで下さい」など

意味不明の内容の手紙が届いたので

うん 出所したら こいつを殴ろうと決めていたが

出所した時に聞いたのですが そいつ覚醒剤を打ってて

私が刑務所に入っているときに捕まったと聞きました

だから意味不な手紙が届いたのね

そんな奴を身元引き受け人の担当にするなよ・・・と思った


刑務所での月日が経つのは本当に早い

あっという間に季節も梅雨に入った

雨の日は運動がないので 非常につまらなかった

そんな中 私がいる仕事部屋に新しい人が入って来た


年齢は40歳 罪名は窃盗 泥棒さんね

拘置所で安定剤とうつ病の薬を飲んだら記憶がなくなり

気がついたら刑務所にきていた と訳のわからん事を言っていた

仕事もやる気も出さず いつもボ〜ッとしてて

温和な私も我慢が出来ずに注意したもんだ


こいつの口癖は「いつ出所ですか?」と いつも聞いてきた

私は今年の9月ぐらいじゃないかな?と答えると

いいなぁ〜いいなぁ〜と子供みたいに言ってきて

それ以上に刑務所にいるわ!!と怒った事があった


そんな奴だから医務にきたわけね と実感していた



つづく

2025年1月2日木曜日

刑務所 移送編

 1月の月末の朝 看守から「移送するから荷物をまとめろ」と

言われた


やっと移送かよ と思いつつ 同じ部屋の連中に

別れを告げ部屋を出た


一階の独居に入れられ 明日の朝 出発との事

行く刑務所もまだ教えられていない


どこの刑務所に行くのだろうっとウキウキしていたのを思い出した


次の日の朝 朝食を終え 部屋を出た


取調室に入り 荷物の検査をして 久しぶりに私服を着て

刑務所のバスに乗り込んだ

他にも2名いたけど私語は禁止されていた


だが仲良くなっていた実刑5年の若い子がヒソヒソと

話しかけてくる

その子が「大分らしいですよ 看守に聞いたから」と

教えてくれた



バスに乗って出発 高速に乗り 約2時間と少しで

大分刑務所に着いた


大分刑務所は町のど真ん中にあり 大きく立派な建物だった

調べ室に入り 名前と荷物確認

医務室で体の検査をして まず初心者が入る房に行くことになった


まず刑務所に入ったら2週間 考査訓練を受けないといけない

これが刑務所では一番 キツいと言われている


行進の仕方 布団の畳み方 歩き方など刑務所での生活をする

訓練を叩き込まれる訳

ちょっとでもヘマをすると「何やってんだ〜〜〜!!」と怒鳴られる


私は右足が悪いため 行進が出来ず 考査訓練は無理だと

判断されたみたいで 1日で考査訓練は終了

それから医務房(名前 忘れた)に車椅子で運ばれた


独居に入れられ その日から作業を始めることになった

私の作業と言えば 屋台でイカ焼きを売ってるでしょ?

それを入れる茶色の袋を作る作業


まずは型紙にそって折っていき ある程度 折ったら糊付け作業

一日 400枚 作ってました


2週間が経ち 看守に呼ばれ会議室に呼ばれた

10人ぐらいの お偉いさん達の前で罪名など言わされ

どこの工場に行くのか決められたのだが

私は医務で今の仕事を続けるように言われた


それから医務に戻り 紙おりの道具一式を持って大部屋に

連れて行かれた


ここは医務で作業をしている人だれけの部屋で

私の他に おじいちゃんが2人 いました

この おじいちゃん2人は無期で もう20年以上も刑務所にいると

聞かされた


数日後 2人のおじいちゃんと仲良くなり 二人とも刑務所で

私と同じく脳梗塞で倒れ半身麻痺になったと言うので

私は何かとお手伝いをしてやっていた


古い人達は看守の事を「オヤジ」と呼んでいたが

時代も時代なのでオヤジと呼ばずに先生と呼べと言い聞かされた

なので私は看守の事を先生と呼んでいました



平日 気温が何度以内で天気の日には30分の運動がある

朝 先生が「運動に出るか?」と聞いてくるので

「出ます」と答え 運動に出ていた

外の風景を見るには運動に出るしか見れないので

気分転換でいつも運動のある日は出ていましたね


運動場に出ると同じ受刑者が10人ほどいた

25歳の時に捕まったと言う45歳の関西人 無期だと言っていたので

罪名が殺人だと すぐわかった

関西人なので いつも人を笑わかせていましたね


他に仲良くなった特殊詐欺をして捕まったと言う45歳の

お兄さん

5年の実刑を受け「出るときは50歳だよ」と明るく言っていましたね


他にも 元893 と言う人 この人が非常にウザかった

出所しても行くあてがないみたいで

出たら一緒に住もうなどと いつも行ってきてたので

ウザいので最後は無視してました


大分刑務所の飯は 宮崎刑務所に比べて旨いこと旨いこと

運動中 特殊詐欺の兄ちゃんに話したら

その子 鹿児島刑務所から来たみたいで

鹿児島刑務所の方がもっと旨いですよ 

月に一度 カップラーメンの日があるし

など言って来て マジで?

鹿児島刑務所に行きてぇ〜と思いましたね


他の刑務所を経験している人は府中の刑務所がナンバー1だよ

パンとか そこで作っているからね と聞かされた


週に一度 金曜日に強制指導日と言うのがあり

ビデオを見せられ感想文を書かないといけない日がある

その日の昼食はパンなのだが 甘シャリ 

いわゆる ぜんざいが出る日ね



これが楽しみで楽しみで仕方がなかった


刑務所では甘さに飢えてますからね


宮崎刑務所の甘シャリは最悪で片栗粉で薄めていたので

不味かったですよ

他にも宮崎刑務所では毎日 人参料理が出ていた

宮崎刑務所では人参が安く手に入れやすかったのであろうと

思ったぐらいだった


つづく

マルチの勧誘

  私の地元は宮崎県の延岡市と言う所で 人口が2026年3月1日調べで 108734人しかいない 周りを山で囲まれた小さな田舎町です 旭化成しか無い町だとも言われてます 娯楽と言えばパチンコか釣り 車のドレスアップしかありません これは週刊誌にも取り上げれてました 延岡は陸の孤島...