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2026年2月17日火曜日

健常者から障害者になって

 脳梗塞で倒れたのが45才の暑い夏の日

縁側でタバコを吸ってて 吸い終えた時

立ちあがろうとした所まで記憶がある


気が付けば1メートル半下の駐車場に

倒れていた

目の前は地の海になっていて

もう・・・いいや・・・と意識が無くなろうと

したのを覚えてます


ですが 季節は8月の真夏

暑いってもんじゃなく

暑いわ〜〜〜って意識を取り戻しました


顔面が今まで体験した事がない痛みと

身体中が痛い

立ち上がることもできず

エアコンのある部屋に匍匐前進で行きました

大阪の友達や山梨に住んでいる友人に連絡

してみたら

皆んなが「救急車を呼びなさい」と

言ってくれました


いや・・・1日経てば良くなるかも・・・と

皆んな心配してくれてました

顔面の痛みが酷く タオルを濡らして

対応してました


次の日 地元では大きいあたご整形外科に行きました



レントゲンを撮ってもらい

医院長にみてもらいましたが

出てきた言葉が

「どこも悪くないね」と信じられない

事を言ってきました


私は「こんなに顔面が腫れているのに異常なしはないでしょう」と文句を言うと

委員長は「だって どこも悪くないんだも〜ん」と言い

周りにいた看護師達がクスクスと笑い出しました


医院長は「頭を打ってるから脳外科に行きなさい 紹介状を渡すから」

と言い

痛み止めの薬や湿布さえも出してくれませんでした


次の日 地元に一つしかない米田脳外科に

診察に行きました



またレントゲン撮影をしたのですが

これまた米田のドクターが「異常なし」と

言い出しました

「そんな事はないでしょう」と言うと

米田のドクターは「異常がないから異常はないんだ」と なぜか怒りながら言ってきました

なんだ なんか嫌な事でもあったのか?と

聞こうと思ったぐらいでした


もちろん ここでも薬や湿布も出してくれませんでした


県病院に行って下さい 紹介状を渡すので

と看護師が言ってきました


気が付けば季節はお盆前

お盆を過ぎて県病院に行って下さいね

と看護師が言いました


家に帰り知人から電話がかかってきて

それに対応してたら うまく話せない

呂律が回らなく相手が「何を言ってるのか分からないよ」と言って来ました


右足と右腕 右手がドンドン痺れてきて

米田脳外科に電話してら すぐに来て下さい

と言われましたが

車に運転 出来るか〜!!と心の中で

突っ込みました

なんとか米田脳外科に着き 診察してもらうと

米田のバカドクターは「異常なし」と

意味不明な事を言いました


ダメだ こりゃ〜 と凹んで次の日

県病院に行き紹介状を渡し

待ってると 呼ばれ診察室に入りました

はいレントゲンね とこれで3回目の

レントゲン撮影 もう嫌になりましたよ


で結果は頭蓋骨 縦に骨折 右頬の骨が陥没

してました

やっぱり骨折してたのか・・・と思いましたよ

ドクターは「オペしないと将来 顔が変わるね」と言って来ました

「じゃ オペをするんですか?」と聞いてみると

バカドクター ガン無視しやがった

で なぜか耳鼻科


はぁ?なぜ耳鼻科なんですか?と聞いてみると

バカドクター「知らん」の一言


上手く話す事も出来なくなり

足と腕と手の痺れが気になります

もしかしたら・・・脳梗塞では?と薄々 思ってました


家に帰り大阪の友人に話してみると

「あんた 病院に殺されるで〜」と一言

確かに そうかもしれないが

私の地元は宮崎県の延岡と言う小さな田舎町

まともな病院なんかあるわけがない


ネットで調べてみると宮崎市内に

脳梗塞で有名なドクターがいる病院があるのが

わかりましたが

問題は そこまで どう行けばいいのか です

悩んでいたら 知人が隣町の和田病院がいいみたいよ と

教えてくれました


で 県病院に行き紹介状を書いてくれと言うと

看護師は「えっ なぜですか?」と言って来たので

今後の治療 頭蓋骨の骨折は無視

ついでに痛み止めの薬や湿布も出さない

病院に診てもらう気はないから

と嫌味を言い 紹介状を書いてもらいました


和田病院に行きMRIを撮ることになりました

結果は 脳梗塞でした


やっぱりか〜 と なぜ俺が と

複雑な気持ちになりました


で 入院することになったのですが

金がない

この時 3つの仕事を掛け持ちしていたのですが

給料と呼べる金額はもらっていませんでした


生活保護の申請をする為

福祉課の職員に来てもらいました


ベットに寝てると その職員が

「じゃ 廊下の端まで歩いて下さい」と

足が痺れて歩けないって言ってるだろ!!

と言っても職員は腕を組んで上から目線で

私を見てました


なぜ福祉課の職員達は あんなに偉そうな

態度を取るのでしょうかね


んで 手すりをつかまりながら

ローカの端まで歩いて行きました

そしたら「よし」だって

一体 何様やねん

でも これで生活保護を受給できるようになり

入院の費用は心配は無くなったのですが

家にいる 愛犬と愛猫が心配


ペットシッターを頼んで 飯だけやればいいから と言っても一回3000円の費用が

かかりました


だから金がないって言ってるでしょ(汗)


それから2週間 入院したのですが

理由を説明して強制的に退院させてもらいました


それから一年は苦労しました

右半身は動かない 後遺症が出ると

1ヶ月は寝込まないといけない


延岡の福祉課に相談しに行ったら

社会福祉科に相談してみて下さいと言われ

で行ってみるとヘルパーを雇った方がいいですね と言われました

ヘルパーを雇う金があると思う?と聞くと

では福祉課に相談して下さいと言い出し

延岡名物 たらい回しが始まりました


ダメだ こりゃ〜

誰も福祉事業者を紹介してくれませんでしたね

一年が経ち 右半身の麻痺も8〜9割

良くなり 和田病院のドクターに

「リハビリさせて下さい」って頼んだ事が

あるんだけど

ドクターが「お前の体は一生 治らない リハビリなんか無駄」と匙を投げられた事が

あったのですが


家でパソコン版のPUBGばっかりしてたら

良くなりましたよ

パソコン版は両手は使うしマウス操作もしないと行けないのでね

それに刺激もあるゲームなので

それが良かったのでしょう


バカドクターに「家でリハビリしてたら治ったよ どう思う?」と聞いたら

舌打ちしやがった

本当 田舎の病院には通院するもんでは

ありませんね


今は宮崎市内に住んでて

いい事業所に当たったみたいで

手続きをしてくれて障害者手帳ももらえたし

週に2回 訪問看護も来るし

食事を作りにヘルパーさんが週3日来ますし

あとリハビリに行くため

送迎の車まで手配してくれました


地元 延岡で10年は苦労したぞ

誰にも頼らず 頼る所も知らんもん


気が付けば もう今年で56歳のクソジジィに

なりました

残りの人生が どれだけあるのかはわかりませんが

苦労した分 この先 

楽に生活が出来たらいいな と

思ってます


あと ドクターの言う事なんか信用したら

ダメですよ

私は殺されかけましたし

大阪にいた時 病院で勤めていたので

ドクターの世界が どれだけ薄汚れてるのか

分かっていますのでね


私は苦労はしたけどラッキーだったよ

と皆んなから言われます


私より症状が重い方も沢山います

皆んな頑張ろうね

マルチの勧誘

  私の地元は宮崎県の延岡市と言う所で 人口が2026年3月1日調べで 108734人しかいない 周りを山で囲まれた小さな田舎町です 旭化成しか無い町だとも言われてます 娯楽と言えばパチンコか釣り 車のドレスアップしかありません これは週刊誌にも取り上げれてました 延岡は陸の孤島...